群馬観光は意外に面白い 上州牛や富岡製糸場、ひもかわうどんをレポート

2018年7月29日

こんにちは、フリーライターの庄部です。

今回はちょっと前の旅行記を。2月10、11日に、1泊2日で群馬に行ってきました。

僕は2016年3月に独立し、11月に仙台を旅行したときを除いて毎日仕事をしていたので、群馬旅行が2回目のお休みでありました。

いやー、今回も楽しかった。特に泊まった旅館「積善館」が素晴らしかった。

旅行記では1本目に富岡製糸場などの観光を、2本目に、ジブリ映画「千と千尋の神隠し」の制作に当たって宮崎駿監督にインスピレーションを与えたとされる積善館をレポートします。

では、群馬観光へ!


まずは腹ごしらえ 群馬で生まれ育った上州牛を食す

仙台旅行とメンツは同じ。高校時代からの友人KとT。

新宿駅でKが借りたレンタカーに僕とTが乗り込み、いざ群馬へ。

旅館以外、行くところは未定。車でだべりながら、「まずはご当地ものでも食べて腹ごしらえすっか」と、上州牛が売りのレストラン「G.G.C.高崎本店」へ。

練馬ICから関越自動車道で1時間。前橋ICを下りて10分ほどの高崎環状線沿いにお店はあります。わお、レトロ。同店ホームページによると、ドイツのパブをイメージしているらしい。


僕が頼んだのは、希少部位とされるイチボ150gのランチセット。3002円となかなかのお値段ですが、肉厚で味もしっかりしておりました。

群馬県食肉卸売市場や同店のホームページによると、上州牛は和牛とホルスタインの間に生まれた交雑種で、和牛における肉質「上」以上を「上州牛」と呼んでいるそう。

同店の運営会社は上州牛を1頭買いしているので希少部位を提供できるとのこと。

ちなみにイチボとは牛のお尻の柔らかい部分を切り出したお肉。

牛のお尻の骨はHの形をしているのでH-bone(エイチ-ボーン)と呼ぼれ、略して「イチボ」と呼ばれるようになったそう。

富岡製糸場でふむふむ スタッフさんがくわしく解説してくれた

お腹を満たした後は、さあ、何しましょ。

「興味がある」とTが発案したことで、国宝かつ世界遺産の富岡製糸場へ。G.G.C.高崎本店から車で40分。上州電鉄「西富岡駅」近くにあります。

「行ってもいいけどさー、ただ工場が残っちょおだけやろ?」ってテンションだった僕。しかし、予想以上に面白かった。

というのも、施設のスタッフの方が気さくにいろいろと教えてくれたんです。

富岡製糸場の由来とか、何で建物に窓が多いのかとか、なぜ群馬で養蚕が盛んになったのかとか。

富岡製糸場では現在、繭を保存していた「西繭安置所」の修理工事を行っていて、その様子が見学できる施設(上写真)を設けているんですが、その施設内にいたおっちゃんがまあ、丁寧に解説してくれた。

気づけば30分ほど談笑。

おっちゃんから「(人に話を聞くような)そんなお仕事でもされているんですか」と聞かれたので、取材ばりに前のめりで聞いていたよう。

資料を読むだけじゃなく、現地の人に話を聞くとやっぱり楽しい。血が通った情報が得られる感じがしていいですね。

蚕の病で打撃を受けたフランス、外貨が欲しかった日本

明治政府が富国強兵策の一環として生糸の増産や品質の向上を図ろうと、1872年(明治5年)に設立された富岡製糸場。

糸を繰る機械は300あり、全国から集められた工女は400~500人ほどいたそう。

工女たちはフランス人から製糸の技術を教わりました。

フランスは養蚕が盛んで19世紀半ば、絹の生産量は世界一。

しかしちょうどそのころに蚕の病気が広がったことで大打撃を受け、外国に生糸を求めた。日本も外貨が欲しかった。そこでタッグを組んだわけです。

富岡製糸場の建造と運営にはフランスの技術が息づいているんですね。

工場は途中で民間企業に経営が委ねられながらも、設立から115年後の1987年(昭和62年)まで操業を継続。

今も建物はほぼ当時のまま残されています。



震災時にもびくともしなかった!? 意外と丈夫な「木骨煉瓦造」

まず目を引くのが「東置繭所」。

木の骨組みにレンガを積み上げることで壁を作った「木骨煉瓦造(もっこつれんがづくり)」に、瓦で屋根をふいたまさに和洋折衷(せっちゅう)の造り。

ぱっと見そこまで丈夫じゃなさそうですが、「東日本大震災のときにもびくともしなかった」(おっちゃん)というから驚き。

窓がたくさんついているでしょう。これは貯蔵した繭にカビが生えないよう風通しをよくするため。

繭から糸を取る作業が行われていた糸繰所(下写真)にも窓が多いんですが、これは建設当時の日本にはまだ電灯が普及しておらず、採光のために必要だったそう。ふむふむ。

そもそも何で群馬では養蚕が盛んだったのか。おっちゃんは言います。

群馬県は山が多くて米を作るのには向いていませんでした。だから先祖は養蚕に活路を見出したのです。

群馬名物『かかあ天下とからっ風』と言われるように、乾燥した風がよく流れ込む地形だったので、養蚕には向いていたんですね」

なるほどー。おっちゃんはおそらく60代くらいなんですが、子どものころから蚕のことを『お蚕さま』と呼んでいたそうで。養蚕が群馬県人の暮らしを支えていたことがうかがい知れますね。

約400トンの水を溜めることができたとされる貯水槽「鉄水溜(てっすいりゅう)」。

この中の水を使って繭を煮て、糸をほぐしていたそう。

繭はたくさんの糸が絡み合ってできていますが、糸をくっつけているのがセリシンという物質で、セリシンは水に溶けやすい性質なのだとか。

案内板によると、「日本で現存する鉄製の構造物としては最古級」。

おっちゃんは最後に「養蚕は今、先端医療に活用できないかと研究されているんですよ」と。医療ライターとしては聞きたいところでしたがタイムアウト。

ネットでちらっと調べたところ、医薬品などへの活用が研究されているみたい。

意外と面白かった富岡製糸場を後にして北上。雪に覆われた峻険な山々がのぞきます。

草津温泉で温泉まんじゅうを買って小休止。

夕方、積善館に到着(写真は翌日に撮影したもの)。

最後に、翌日食べた群馬の郷土料理・ひもかわうどんを紹介。

写真の通り麺がめちゃんこ幅広。でもとても薄くてツルツルとした食感。桐生駅から車で10分ほどの「藤谷本店」でいただきました。

僕は好きですよ。スマホですが、写真悪いなあ、失敗した。。

群馬旅行で最も印象的だったのは、積善館の良さ。原稿1本にわたって書きたいのでまた投稿しますね。

追記:積善館を紹介する記事を書きました。

「千と千尋」のモデルって本当? 群馬の「積善館」に泊まったら意外な事実が―





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Posted by yutashobu