これから生き残るカメラマン像は? 一緒に仕事をするライターが考えた

2018年9月22日

カメラマンは今後、サバイブするのが厳しくなっていきそうですね。

独立する前からぼんやりと感じてはいたんですが、フリーになっていろんなカメラマンと話す中でそんな考えを抱くようになりました。

ぼくが独立してから12月11日現在までに取材した医師と歯科医師は334人。

カメラマンが同行した取材が9割5分で、5回のうち1回は新しいカメラマンと仕事をしたとして、今までに約60人のカメラマンと会ったことになります。

ぼくも会社員時代は写真を撮っていて、数は減ったものの今でも一部の案件では撮影もしますから、実感を持って考えられる。


機械の進歩で、知識や技術の影響する余地が小さくなっている

なぜ、カメラマンの世界が厳しくなっていくか。

明白かつ最大の理由は、機械の進歩。

スマートフォンの性能が上がったり、一眼レフにしても初心者向けのサポート機能が高まったりしているので、撮り手の知識やスキルの影響する余地が小さくなっています

写真撮影のスキルを上げていく上で大切なのは経験はさることながら、知識だとぼくは考えている。

絞りとシャッタースピード、ISO(イソ)感度と画質の関係性について理解をすることが大事。

これらを理解しておくことで、どんな環境のときにどんな設定をすればどんな画像を撮れるか、イメージできるようになります。

でも今は、「野外だとオート、屋内だとPモードで後は外付けのストロボで光をたいとけばOKっしょ」って考えの人もいて、微妙なマニュアル調整ができない記者も少なからずいました。

P(プログラムオート)モード…露出が適正になるように、状況に合わせてカメラが自動的に絞りとシャッタースピードを調整してくれる設定

まあ、事実それでそんなに失敗はしないわけで。

カメラを作るメーカー側としては買い手の裾野を広げたいわけですから、これから一層、機械任せでOKの流れが進むでしょう。

動画から静止画を入手できるから、カメラマンは要らない?

機械が進歩することで、写真を撮る必要性さえも低くなっていくかもしれません。

なぜかと言うと、動画から静止画を引っ張り出せばいいから。

カメラマンに聞いてびっくりしたんですが、機械の性能が上がったことで、写真を撮影しなくても動画からそこそこの質の静止画を手に入れられるそう。

つまり、現場にカメラマンがいなくても、ライターもしくは編集者やディレクターがいれば済むようになる。

誰かが三脚を立ててカメラをセットし、取材中に動画を回しておけばいいから。

……ただ、カメラマンが必要な理由って、被写体から「自分は人間に撮られている」と認識されることによる自己肯定感の醸成が挙げられるので、そんなに単純ではない。

ライターがAIに代えられにくいだろうとぼくが思う理由もここにあります。「人に話を聞かれている」ことによって満足感が生まれるので。

これからはどんなカメラマンが求められるか

カメラの世界は厳しい、または厳しくなる。

ぼくが出会ったカメラマンの多くはこんな見方をしているんですが、さて、じゃあそんな中でもどんなカメラマンだとサバイブしていけそうか。

生きた表情を撮れる人

まず挙げたいのがこれ。

機械が進歩して誰でもきれいな写真を撮れるようになったとしても、良い表情を撮れるかどうかは撮り手のキャラクターや技術によります

特に、コミュニケーション能力の高い人が求められると思う。思った以上にそんな人が少ないから。

例えば、にっこりとほほ笑んでいる写真や笑いながら会話を交わしている様子の写真を撮りたい場合。

ぼくと話しているときに取材対象者がそんな表情になって、うまくその瞬間を押さえられればいいと思います。

でも、そうではないときは、カメラマン自らがその人と雑談を交わして表情を引き出してほしいとぼくは思うんですね。

というか、生きた表情を何とかして引き出そうとするのがカメラマンの大きな仕事でしょう。

でも実際は、取材が終わった後に、「先生があまり笑わない人だったんで、難しかったですね」とさらりと言う人がいます。

いやいや、それ、あなたの仕事でしょ。

と思うし、場合によってはそう言います。

取材中にいい表情を押さえられなかった場合は、最後にキメ撮りの場を設けて、その中で何とかいい写真を撮ろうとすればいいと思うんですよね。

偉そうに聞こえるかもしれないけど、「いい作品を作っていこう」とか、「生み出そう」とかいった主体的な意識を持っている商業カメラマンってぼくが出会ってきた中では多くない。

ある物(者)を機械的に撮っている感じ。

だからこそ、被写体とコミュニケーションをとりながら多面的な写真を撮れて、なおかつちょっと粘れる人は重宝されるんじゃないでしょうか。

人が撮らないものを撮る人

当たり前ですが、人が行かない所に行って人が普段は見られないものを撮るカメラマンは価値が大きい。

加えて、視点がユニークで、「こんな見方もあるんだ」と気付かせてくれる人も、「人が撮らないものを撮る人」になると思う。

梅佳代さんなんかはいい例ですよね。

彼女の写真にキャッチコピーをつけるとしたら、「世界って、こんなに面白かったんだ」。

一見すると平凡に映る人間の日々の営みを、とてもみずみずしく情味豊かに写真で表現しています。

ぼくの好きな小説家の西加奈子さんと世界への眼差しが似ていて、2人の対談があったら読みたい。

写真とは一線を画す作品に仕上げる人

おそらく、「写真」というカテゴリーは緩やかに他分野と交わっていくと思うんです。

インスタグラムはいい例ですよね。

あれって、もはや写真と一口では言えない。加工具合によっては芸術作品にも見えてきます。

何度か仕事をしたカメラマンにも、写真を加工して西洋画のような趣の作品に仕上げている人がいます。

写真を撮る。

その後に、デジタル加工を施したり、花を飾ったり、毛筆で文章を書いたり、手書きの絵を添えたり。

写真を基礎にした独自の作品がこれから増えていくんじゃないかな。

 


 

今回、こんな記事を書いたのは、独立してから友だちになったベテランカメラマンの大橋拓を取材したことがきっかけ。

彼と話す中で「どんなカメラマンがいいんかなあ」と想像を巡らしました。

大橋さんの話、とっても面白かったですよ。

フリーランスとして持っておきたいマインドや現実的なフリーカメラマンのサバイバル術をたくさん聞けました。

1月までにブログにアップする予定なので良ければ読んでくださいませ。

「フリーランスは馬鹿であれ ベテランカメラマンが語るサバイバル術」(仮題)

※追記:記事アップしました→「フリーランスはバカであれ」  カメラマン・大橋拓に聞くサバイバル術

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